人の【手】の“力” Power of Hands
愛着の表現に掌が適している理由…
“掌”は、
手の心(たなごころ)とも呼ばれ、もともと、
人の心の
表現器官とされています。
“愛着”形成の対象である
ベビーや
キッズには、
手で
愛情表現するべきです!!!
その
理由を
ご紹介致します。
文化人類学者の小馬徹…
「手は、
顔と並ぶほど表情豊かであり、
耳や目に劣らぬほど繊細な刺激を認識できるうえ、手を動かすことですぐに表現することが可能である。また、顔は、偏見等で表情が抑制されることが多いが、手は、感情の表現器官であることを見過ごされているため、
本質的な深層心理を顔よりも包み隠すことなく表現している。
」



事実、指先には数百万もの感覚装置があります。特に、圧力を感じる感覚装置は、体全体の1/4が手に集中しています。
そのため、耳の不自由な方の“点字”の読み取りも指先で行われるようにできています。
このような科学的根拠もあってか、手は人の心を表現する慣用句としても使われています。
【手のひらを返す】【手の内をあかす】【手に汗を握る】【手に取るようにわかる】【あの手この手】
【手玉に取る】【手八丁口八丁】【手間がかかる】【手綱を締める】【引く手あまた】【押しの一手】
【手がつけられない】【いい手がある】【手を汚す】【下手に出る】【手中に収める】…。
手が使われる慣用句の何と多いことでしょう…。
その理由を、ベビーマッサージ資格・キッズマッサージ資格の基礎で一部ご紹介致します。


また、手は、人の心の表現器官としてだけではなく、手相占いで人の人生や性格を分析する際にもよく使われます。
さらに、人を治すことを“手あて”といいますが、痛みのある部位に手をあてることは、人の自然な反応です。怪我をしたら手でさすり、お腹が痛いと手でなでる…このような手で行う行為は、医学の本来の姿であり、看護師の“看“という字は、“手”をかざして“目”でみる行為を指します。
宗教でもそうです。キリスト教では指を組み合わせ胸の前に置き、仏教では左右の手のひらと5本の指を合わせ胸の前に置きます。
つまり…
握手や抱擁や手あてのように、掌で他者と触れ合っている時は、人の意識は他者に向かって集中しています。反対に、祈りや合掌のように、掌を自分自身に合わせている時は、「胸に手をあてて考える」と同様、意識は自分の心に集中しています。
愛着形成の対象であるベビーやキッズに手で愛情を表現することは、あらゆる観点からももっとも有効な手段であるといえます。